2016年03月30日(水)

自分を追い込む英語環境で一気に飛躍!

今回は大手電機メーカーでエンジニアとして活躍するある40代の女性会員の体験です。英語で例会を行うトーストマスターズという環境に自らを追い込み、強制的に英語を使う環境を作った決断によりスクールでは得られなかった高いレベルの

英語運用能力を得たというサクセスストーリーです。
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Toastmastersによる英語力強化について

1. 入会前と後
入会前、いろいろな通訳・翻訳スクールの上級クラスに通いました。ディスカッションはなんとかできるようになりましたが、自由に話せるようにはなりませんでした。

2000年ころ最寄りのトーストマスターズクラブに入会した時は、自分の話はできても、相手の会話に反応して会話をつなぐことはできませんでした。しかし、2年後シンプルに会話が成立するようになりました。

TOEICの点数でいうと、700点台→900超に伸びました。

最初は英語のテーブルトピック(即興スピーチ)が本当につらかったですが、このクラブの環境のおかげで伸びました。私の入ったクラブが英語だけで例会をやるクラブだったのが功を奏しました。もし、バイリンガルのクラブだったらここまで上達しなかったでしょう。

トーストマスターズクラブは英語力増強のソリューションとしては、費用対効果は一番であると思います。
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2. トーストマスターズに入会して何が良かったか
・例会参加により、受動的(読む、聞く)ではなく、能動的(書く、話す)に参加する必要があることが一番良かった。
・スピーチやテーブルトピックで、「自分の言いたいこと」をまとめて話す訓練から[逃げられない]こと。
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3. トーストマスターズで何をしたか?
私は、まとまった時間スピーチをするために、英語で

1. トピックの調査をする(Webの記事、ニュースを見る、本を読む)
2. 調査した結果をまとめて自分で英語の文章を書く
3. 暗記するまで話す練習をする

これをひたすら繰り返しました。

暗記した文章は、他の場面で何も考えずに出てくるようになりました。

また、クラブ関係のcommunication mailは全て英語なのでbusiness mailを書くのも困らなくなりました。いまやもっと語学を活かす機会がほしいです。
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4. 副次的に得たスキル
クラブという組織、クラブを統括するエリアという組織の役員をやることで、数十人の前で日本語でも英語でも話す機会が増えました。

おかげで(勿論Brokenではあり、語彙も多くないので、全ての主張を流暢に話すところまではいきませんが)今は仕事上の電話会議でも十人以上いるface to faceの会議でも、自信をもって話せるようになり、全く遠慮しなくなりました。
同じ部署内では、海外長期在勤だったただ一人の上司以外では、誰よりも話せると自負してます。
また、私の場合、英語を話すのはほぼクラブのみで1.5週間に1度くらいですが、レベルが落ちないのは継続的に例会で英語を使用しているおかげです。

2016/03/30 14:23 | トーストマスターズに入会してよかった! | コメント(0) | トラックバック(4)

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2016年03月16日(水)

あんなに遠かった世界、そしてもうひとつの使命。国際規格制定のために世界を飛び回るエンジニアKさんの体験談

入社当時全くできなかった英語。しかしトーストマスターズで与えられた機会を逃さずに英語を磨き、今や会社をそして日本を代表するエンジニアとして国際規格制定のために世界を飛び回る毎日。そんなエンジニアKさんのお話です。
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「ベラベラ語ってんじゃねーよ。技術屋は黙って良いものを開発すりゃ良いんだ!」

心身共にフレッシュマンだった私を一蹴する上司に私の心は固まりました。

今から約25年前、1990年前後は、バブル景気の真っただ中、日本の製造業は右肩上がり。

私は、ある日系企業の研究所に配属され、通信やエレクトロニクス機器に使われるデバイスの開発を行っていました。

上司は日本のモノづくりに携わってきた典型的な昔気質のエンジニア。当時は、テレビ、ウォークマン、ハンディカムなど、メイドインジャパン家電製品が世界中を席巻。そう、自ら語らず、考えず、疑問を持たず、ただ黙々と働くことで間違いなく日本中が幸せになれた時代でした。

実は私、英語が嫌いで選んだ理系。でも世の中は優しくありません、英検二級取得の会社規定がいつまでも遥か遠くに見えていました。英検の問題集は、全く興味が湧かなかった学校英語を思い出させて、いつまでたってもやる気が出ない。それでもギリギリクリアした時、共同研究の提携先、ドイツのメーカーへ2週間出張しました。

言葉は半分、でも世界をもっと知りたいという好奇心が暴走し、なんと数ヶ月後には外資系の企業に転職してしましまいました。

新しい会社、そして海外出張の英語にも慣れた頃、上海工場の教育係を命ぜられ、毎月訪問して専門分野のワークショップをしていました。

いつも他愛もない話をする間柄なのに、みんなつまんない顔で私の話を聞き、半分は寝ている。なぜ!?英語が話せることと、人前で話すことのスキルの違いに気づいた瞬間です。

2005年末に英語トーストマスターズクラブの門を叩き、翌年Competent Communicator賞(入会して取り組むテキスト指定の10の課題に準拠したスピーチを行うと与えられる賞)、その翌年毎にVPPR(所属クラブの広報宣伝担当副会長)、President(所属クラブの会長)、Area Governor(4つから6つのクラブをサポートを行うリーダー)と周囲の支えに恵まれました。

そしてDivision Governor(4つから6つのエリアをサポートするリーダー)を半分過ぎたコンテストシーズンに、東日本大震災。私のDivision、そして私の故郷、福島。

急遽、翌日のArea Contestの延期、東日本各地のクラブの確認と、多くの仲間たちの連携で何とか乗り切りました。でも、余震、計画停電、福島第一原子力発電所の状況から主催クラブとして関わっていた2011年春季全国東京大会は中止。仲間とともに無念の涙を飲みました。

一方、あんなに苦手だった英語。入会時の目標、英語スピーチだけでDTM(トーストマスターズの教育プログラムで求められるすべてのスキルを取得した人に与えられる最高位の賞)を取得。これはその後の人生の力になっています。

2012年、リストラに遭遇しながらも国内外の仲間からのエールで何とか会社に留まり、それまで4人でやっていた仕事をひとりでやらざる得なくなりました。退職を余儀なくされた同僚、そして震災復興に頑張る友人知人のことを考えると辛いとは言えません。

研究開発、業界団体委員、国際規格委員を掛け持ち。そしてあんなに苦手だった英語で、毎週のグローバル会議。ほぼ毎月の海外出張。なんで私にできるのかふと不思議に思うことがあります。

その外資系企業にこの3月で勤続20年、人生は本当に不思議です。さらに不思議なのは、新たなドリームを叶えるため、50歳をとうに過ぎて仕事を持つかたわら再び学業にも足を踏み入れてしまいました。

Toastmasters、日本に居ながらGlobal普遍のコミュニケーション、そして発信する力が身につく道場。

10年前まで、テレビ、パソコン、携帯電話のコマーシャルがTVを賑わせていた。でも、最近は見ることはない。日本があんなに得意だったエレクトロニクス産業、会社ごと海外に売られる時代。

今、エンジニア、そしてそれぞれの仕事や暮らしの中で、日本、そして世界に向けて「私たちの技術、産業、文化は素晴らしいんだ」と自ら発信しないと何も始まらない。

自身が、地元が、そして日本が、今一歩踏みだせるように、自らを、自らの言葉で、自ら発信する。Toastmastersでパブリックスピーキングを学ぶ私たちのもうひとつの使命だと噛み締めています。

2016/03/16 14:19 | トーストマスターズに入会してよかった! | コメント(0) | トラックバック(0)

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2016年03月06日(日)

子育てを終えて大学、大学院へ:トーストマスターズが繋いだ学びの道


トーストマスターズにはいろいろな世代の会員がいらっしゃいます。今回は3人の息子さん達を立派に育て上げその後トーストマスターズにて英語を学び、さらに大学、大学院と進学された女性のお話です。まさに生涯学習ですね。

それでは、どうぞ。
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私とトーストマスターズの出会いは全く偶然のものでした。

1999年、私の長男の友人Sさんがアメリカへ旅行し、その帰りの飛行機の中で横に座っていた人がトーストマスターズのメンバーでした。

そのメンバーの人は飛行機の中でずっとSさんにトーストマスターズについて話したそうです。

Sさんは英語にあまり興味はなかったのですが、当時、私が英会話学校に通っていたのを知っていたので帰国後、私に「ちょっと変わった 英語クラブ」があると教えてくれました。

それまで私は3人の息子の子育てをしながらラジオの英語番組を聞いたり、英会話学校に行ったりして英語を勉強していました。

Sさんから聞いた話にちょっと興味をそそられ、すぐにゲストとしてあるクラブを見学しました。

まさに"Wow!"という感じで、メンバーのスピーチのすばらしさ、体系づけられたミーティングの進行、そしてメンバーの方々が親切に快く迎えてくださったことに感動しました。

連続3回ゲストで出席した後、皆さんのようについていけるか不安でしたが、まさに「清水の舞台から飛び降りる」つもりでメンバーになりました。

初めてのスピーチでは、頭真っ白、膝はがくがく、自分の胸の動悸が聞こえるよう、さらにオーバータイムと散々な状態でした。

しかし、3回、4回とスピーチを重ねていくうちに少しづつ慣れ、7回目のスピーチで初めてベストスピーカーに選ばれました。

それから不思議とドキドキ感も薄れ、みんなの前でスピーチをするのが楽しくなりました。
しかし、英語能力の不足、文法の間違いなど恥ずかしい思いもしました。

メンバーになって3年が過ぎ、3人の息子たちもそれぞれ大学を卒業し自立したのを機に、次は「私が大学に行く」と家族に宣言しました。

2003年4月、ラッキーにも外国語大学、英米学科に入学できました。4年間、息子のような若い人たちとともに学び、議論し、教えあい、また遊んだことは私の人生の中で最も輝いた時期だと思います。

大学まで片道2時間近くかけて通い、通学の電車の中が勉強時間となりました。初めて学ぶ楽しさを実感しました。
この楽しかった4年間を終わらせるのはもったいなく、さらに大学院へと進みました。大学院では修士論文に苦しみましたが、無事卒業することができました。

大学、大学院に通っている間もトーストマスターズ活動は続けていました。大学、院での英語史、アメリカ史、アメリカ社会などの授業で学んだことをスピーチにして、クラブ例会でたびたび発表しました。こうすることで私自身の学びも深くなり、またメンバーの方にも喜んでいただけました。

クラブ役員も積極的に引き受け、2009年にクラブプレジデント、2014年にエリアガバナーを務めさせていただきました。

このような役割を通して、リーダーシップとコミュニケーションの大切さを学ぶことができ、さらに人の輪も広がり、出会いに巡り合います。

上記のSさんがトーストマスターズの話を私にしてくれなかったら、今の私があるかどうか疑問です。

トーストマスターズは私の人生を豊かな意義のあるものへと導いてくれました。

これからもトーストマスターズとともに、さらにチャレンジしたいと思っています。

2016/03/06 14:17 | トーストマスターズに入会してよかった! | コメント(0) | トラックバック(0)

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